2006年01月07日

「悟り」と女装

http://d.hatena.ne.jp/e_mikan/20060106

「悟り」は本人の意思で画像を取捨選択し「見せたい部分だけを見せることができる」という点が一般的な女装表現に対して一線を画している点です。ゆえに、ウェブに写真は公開するけど人前では女装しない人もいます。

「悟り」が女装を同列に扱われるのを嫌っていると言われる要因は、主としてこうした「悟り」が持つ「限定的な表現方法」を提唱し独自性を維持するために「女装と悟りは似て異なる」と主張し続けてきた結果です。「悟り」関係者が心理的な要因で女装一般との混同を嫌っている、というのは誤解があるかと思います。実際そのような理由で悟りに参加している人もいるかとは思いますが、それでは女装・コスプレ界から「悟り」に参加している人が矛盾した存在になってしまいます。(単なる一発ネタのみで継続しない人も多数います。)

また、悟り参加者=オタク的な印象をもたれているようですが、オタクや萌え系限定でもありません。確かにオタク的な人の割合が圧倒的多数ではありますが(類は友を呼ぶ的に大きくなってきた結果ですが)、一般衣料での参加者もいます。確かに萌え服やキャラコスのほうが反応も多いですしネタにもなりますが、その系に走らない人の存在も忘れてはいけません。

「悟り」はあくまで表現方法の一つの「型」を提唱しているに過ぎません。しかし、型を限定することが逆に参加者の裾野を広げ、悟りムーブメントといったブームにつながったのだと思います。裾野が広い分、参加者の趣向あるいは心理的な面についてはそれこそ千差万別であり、一括りにすることはできません。(参加者個々の分類統計から全体的な「傾向」は出てくるとは思いますが。)

衣装のジャンルやTG.TVなどの心理面での分類を行っている女装界が「縦割り」だとすると、「悟り」は「公開時の形」という切り口を持つ「横割り」ですので、従来の分類方法を適用することはできないと考えます。(それゆえ、あらゆるジャンルの人が「悟り」では混在しています。)「悟り」が女装界との混同を嫌う原因のひとつには、こうした「従来の女装界の分類」の法則で「悟り」を分類されることへの抵抗もあるかと思います。

本気の女装もオタクも一発ネタも、何でもござれ。顔は出さなくてもいいから、とりあえず服だけ着ていればOK!という自由度の高さこそ「悟り」の真骨頂だと思いますが、いかがでしょうか。
posted by 巽@補完庫 at 00:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 反応

管理人より

年末年始約1週間ほど間をあけての捕捉になったため、時系列が前後している点はご容赦ください。
posted by 巽@補完庫 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記・管理者メモ